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2020年03月

小春日和vol.679 ふたりの卒業式

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隣接する市での卒業式は、教職員と生徒のみで開催された。
天皇皇后両陛下は、他の地域で参加できない親御さんがいることを
考え、愛子さまの卒業式の列席を、自粛された。
そんな状況の中、小学校中学校ともに卒業式保護者2名の参列を大丈夫との決定をしてくれた。
僕らは、粛々と参列した。

「学校休校で、予行練習がほぼ当日のみしかできず、
お見苦しいところがあり申し訳ありませんでした。
来賓で呼びたかった離任された先生もこの場に呼ぶことも叶わず...。」
と式後生徒が退場した後の説明で中学の学年主任が涙で何度も言葉を詰まらせ中断しながら話してくれた。
式中は、立派な式に感心しながら、歌声に感動しながらただ見守っていた保護者も、
先生の言葉に、大変な状況の中での開催決定がいかに大変だった事を思い、
親として列席できるかわからなかった状況も思い出し、
親のすすり泣きが会場中に響いた。

3年間の感謝はもちろんだが、
最後の締めくくりの場を提供してくれた事にとても感謝します。

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式の合間の笑顔は、親にとってのご褒美だと思った。
毎日楽しい事だけでないだろうけれど、学校で友人と楽しく過ごせたのだと思える。

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小学校は、中学校に比べると卒業生の数も3分の1程度なので、
アットホームにゆったりと行われた。
証書授与では、一人一人の夢などを宣言する場面もあった。


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これからのふたりの新生活が始まる頃はまだまだ混乱している社会情勢ではあると思われるが、
このひまだらけの状況を柔軟に楽しんでいるようにも思える。
困難な状況にも柔軟に向かっていけると思う。



小春日和vol.679 小春の高校合格に自分を信じて進む力を見た

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中学入学からの1年間は、部活に熱中し勉強はのんびりというかペースがつかめていない感じでしたが、中学2年頃から勉強への集中が増してきた。3年の直前春休みから塾にも通い出した。周りの同級生たちより遅かったのかもしれないが、本人は、夏前には志望校をほぼ絞り込んでいた。

夏休み明けの模試での判定はCランク。志望校を替えて受験する高校のランクを下げるのかなと思っていた。塾の担当や中学の担任の先生達も、高校受験で一生が決まるわけでは無いから、判定が安全圏の高校を再考してみてはとアドバイスしてくれた。周りの大人達の(今となっては)雑音に全く心を乱さず志望校を目指すと言い続けた。その姿を見て、「人生の中でチャレンジしたい事がある時は、とても充実した時間だと思うので応援するよ」と落ちる可能性もあるチャレンジを支えようと思った。と言っても、寝る前に、足を揉んでマッサージしてあげたりあげなかったりするくらいの事。 勉強のコツも掴んできたのもあり12月の模試でBランクにあげる。その後も、息抜きをうまくしながら勉強を続け本番を迎えた。

そして、3月2日ひな祭り前日に合格発表に母と向かう。僕は、仕事場から「もう高校に着いた?」など奥さんにメールしドキドキしながら待つ。

「着いた。まだ並んでる。」のメールが来た直後に

「受かった!」とメール。

受験勉強を頑張った事はすごい。今の学力に合わせて選ぶ志望校ではなく、自分が行きたいと決めた志望高校に自分を信じてやり切った娘を誇りに思う。

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受験が終わったらギターの練習を始めようと受験中からずっと言っていたので、
母のギターを借りて毎晩練習中。
お疲れ様。

小春日和vol.678 日常と非日常

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受験当日の朝
都立入試に向かう娘を車で最寄りの駅まで車で送った。
助手席で見ているカードは、昨年の夏に一緒に本屋で選んだ日本史参考書の一問一答付録だった。
買ってすぐにいらないからと切り抜きもせず捨てようとしていたので
試験の直前とかに手に取ると良いよと言いながら、代わりに作ってタンスにしまって置いた。
それを1ヶ月前から手に取っているのは知っていた。
当日の朝に手に取ってくれたのは嬉しかった。
「アドバイスとは、数年後にわかる事を言うべき」という多分落合監督の言葉を思い出した。

そして、受験当日まで1年くらいだろうか、受験生を中心にピリピリした空気が張り巡らされていた入江家では、それが日常だった。いつか終わるだろうとはわかっていたので非日常のはずなのだけれど、
見守るだけで自分でチャレンジしていない応援団にとってはこの緊張感の毎日が日常と化していた。



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受験翌日の週末
受験が終わり、友達に渡すためにお菓子を笑顔で何種類ものお菓子を作っていた。
緊張感から解放した表情で。

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緊張感から解き放たれたのは、親や妹も一緒で家族も受験が終わったと感じた。
それは、久しぶりに入江家に日常が戻ったのだと思った。
まだ発表までに時間があるけれど、試験は終わり張り詰めた空気は無くなった。

ここまで書いて、実はこの1年間だって貴重な日常の中に暮らしていたと思い直した。
娘の身体をいたわり足をマッサージしたり車で塾まで送り向かいしたりこんなにも
娘のためにという日常はなかなか無い事だった。
しかも父親を頼ってくれることも嬉しかったのは間違いない。
この1年間は非日常と呼ぶには勿体無い、父親にとって貴重な非日常だった。

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