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「インドの僧侶で一生を旅するだけに修行を費やす人がいる」
これは写真家の藤原新也がだれかとの対談で言っていた話しである。
旅をし続けるなんてスゴイとか思ってしまうけど、
もしそれが日常となったら、その僧にとっては一つの処に滞まることの方がすごいことなんだろう。
仏教の修行なんだけど、その人の表現方法は誰かに認めてもらおうとか、野心とかとにかく対人としての表現はまったくない。
自分の修行であり、認められようという野心とは別の次元で修行が続けられていくのだと思った。
僕はその話を読んだとき、旅をし続けるなんてことは出来ないけれど、
表現というものも目指すところはやはり認められる事ではなく、
続けていく中だ自分が自分の中の表現を認める事だと思った。
まあ実際の話むずかしいけれど、心にマタタビ僧侶を持っていたいと思う。