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よほどの専門的な写真の為でなければ、大抵のカメラは基本的に写す事ができる。
難しいことは考えず、服を選ぶ様な気楽な感覚でカメラだって選んでいいと思う。
カメラと長く付き合うために見た目が自分好みかどうかは重要。まずもってみて手になじむかどうか試してみる。大きすぎても、小さすぎてもダメで、片手でつかんだとき、両手でしっかりと持った時の感触を色々と比べてみる。
シャッターは自分の指で無理なく押せるかがポイントとなる。シャッターにも個性があるので、すぐにまたシャッター音を聞きたくなるようなものがいい。
知識豊富なカメラ店の店員の人のアドバイスも参考程度に聞くのは良いけれど、店員の人にはその人なりの好みがあって、それは自分の好みではない。
ときに知識や情報が判断を誤らせることがある。カメラ選びも例外ではなく、僕も評判の良いカメラを買って失敗した事がある。いつも使っているのはAE-1という2万円くらいのカメラなのだが、F-1という高級機種が雑誌などで不朽の名品などと紹介されていて、良いカメラという先入観をもち、あまり試さずに買ってしまった。F-1は良いカメラには間違いないのだけれど、自分にとって使いやすかったり心地よかったりするのはAE-1のほうだった。飾るためでなく使うためのカメラ選びには外見、型、重さ、シャッター音など単純に愛着がわくかどうかが重要。

カメラは心地よさで選んで良いと僕は思う。

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カメラをもって街を歩くとき、ぼくの目は犬の目となる。実際に体験した人はいないと思うけど、よく犬は画像を白黒でしか捉えることが出来ないと。僕自身、普段は色は見えているし、カメラを持っていたって色は見えているはずだけど、情報として色は記憶に残らないことが多い。カメラを持って歩いていると、まるで、自分がゆく宛もなく彷徨っている犬と重なる。ぼくは、あまり、色のバランス感覚に優れている方ではなくカラーフィルムがカメラに入っていると思っただけで、緊張を通り越して、どうしていいか分からず、あたふたしてしまう。それとは対照的に、白黒が装填してあるときにはとても落ち着いて、自信に満ちている。この違い一体全体なんなんだろうか。カラーというのは(色の)情報が限りなく溢れて、僕には十分に消化できない。いつもカラーの写真の出来上がりを見ると被写体が絞り切れていない感じの写真になってしまう。つまり、カラーは色情報の対応に追われて、構図どころではなくなって、ちょっとしたパニックに陥ってます。モノトーンの世界では形と光と影だけを考えればいいから、考え方はいたってシンプルに写真と向き合える。よく、写真に写っている物を見ながら、色を聞かれることがあるのだが、写っている人の前後1,2分の行動やその隣の建物なんかはよく覚えているのに、たいていの場合色は覚えていない。カラーは僕にとって便利だけど不便なもので、モノトーンは僕にとって不便だけど便利なもの。

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96年から1年半の間ぼくはロンドン大学に在籍していた。その時、毎日の膨大な数の課題を前に途方に暮れ、毎日のようにロンドンの街を歩き回った。休みを利用して家に帰ったとき、使われないままのキャノンのAE-1があったのを思いだし、イギリスに持ち帰った。それからカメラだけを鞄に入れ、とにかく歩き回った。お金が無かったので、試し撮りというものをする余裕がなく、出来上がってきた一枚一枚をあとで自分で楽しむため、丁寧に撮った。だいたい半日歩き続けて5〜10枚くらいの枚数だった。そのおかげなのか、今でも同じ物を何枚も撮ることはしない。その被写体に対しては撮る瞬間にしか興味がないので、撮った時点で、興味を失う。僕はサッカーをしていてちょうど走っている味方にパスを出すときに似ていると思う。例えば歩いている人と背景がある時点でうまく合わさる事を予想して、フレームの中に構図の出来上がりを予想してシャッターを押す。その瞬間は早すぎても遅すぎてもいけない瞬間である。サッカーで培った感覚がちょうど街で撮るスナップ写真に活きているのだとおもう。

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